「障害は個性」という主張に感じた強い違和感について、ぼくがそういう見方をするに至った根拠を思い出したので、丸々引用しておこうと思う。この本から。
Amazon.co.jp: 怒りの川田さん―全盲だから見えた日本のリアル: 川田 隆一: 本
http://www.amazon.co.jp/dp/486053056X/arkweb-22/ref=nosim
その箇所はちょっと、というかすごい長いけど引用しておく(本当はもっと長い)。
「
1 障害は個性なんかじゃない!
●妻の遺影
人が互いの悲しみを分かち合うのは、喜びを分かち合うよりも、ずっと難しいことのように思います。けれど、僕の盲学校の先輩が味わった悲しみには、同じ障害を背負わされたものとして、察するに余りあるものがありました。
点訳ボランティアだった女子学生と結婚した、目の見えない先輩がいました。盲学校から一般の大学に進学した先輩の教科書を点訳してくれたのが彼女 で。それが縁となりました。結婚して18年、2人の子供にも恵まれ幸せに暮らしていたのに、ある日、彼女がガンという病魔に冒されていることが分かったの です。
その日は朝から冷たい雨が降っていました。突然の別れでした。まだ高校生と中学生の2人のお嬢さんと、そして先輩を残して、彼女はあっけなく逝ってしまったのでした。
葬儀で挨拶に立った先輩は、
『私には、妻の遺影を選ぶことができませんでした。娘に母親の遺影を選んでもらわなければならないなんて…』
搾り出すような声でそう言って。号泣しました。目が見えない先輩には、目が見えるお嬢さんに頼んで写真を選んでもらうしかなかったのです。
僕には葬儀の経験が少なく、遺影のことなど考えたこともありませんでしたが、話を聞いてはっとさせられました。先輩の気持ちが痛いほどわかりました。ただ でさえ妻を亡くした悲しみに暮れているのに、そんな時にも自らの障害と向き合うことを余儀なくされてしまうのです。どんなに悲しかったことでしょう。口惜 しかったことでしょう。
この悲しさ、悔しさ、辛さこそが、障害というものの本質なのではないでしょうか。●障害は個性なんかじゃない!
誰が言い出したのか、この世の中には『障害個性論』なる価値観が吹聴されています。曰く、『障害は個性だ。不便だけれど、不幸ではない』。そして、 『目は見えなくても、心の目がある』。幼い頃に盲学校の教師や両親からしつこく聞かされたこの言葉も、『障害個性論』と同じで、僕には慰めにしか聞こえま せんでした。
確かに、目が見えようが見えまいが、心の目は誰もが持っていると思います。けれども、それはあくまで、人の心だけ見える─優しい心、きれいな心も見えるけど、傲慢で醜い心や差別、世の中のちっぽけな価値観もよく見える─心の目なのです。
『障害個性論』は障害者の強がりであり、社会が障害者への責任を回避するための体の良いすり替えだと思います。『心の目』だって、しょせん気休めです。僕 にとって目が見えないということは、個性にしてはあまりに重たすぎます。そして『不便』と呼べるほど軽いものではないのです。最愛の人の遺影を選んであげられないことは、やはり『不幸』です。交通信号が見えないとか、駅のタッチセンサー式の自動販売機で定期券を買えない程 度のことなら、『不便』の範疇かもしれません。しかし、その駅のホームから誤って落ちて電車にひき殺されることまで『不便』で済まされるでしょうか。それ は『不幸』以外の何物でもありません。ましてや『個性』などであろうはずもありません。
障害者が自らの境遇をどのように捉えて生きていくか、それは人それぞれの自由です。障害を個性と捉えるのも、不幸と感じるのも、その人が前向きで一 番安らかな心持ちでいられるように考えれば良いと思うのです。しかしたとえ障害者であっても、自己の強がりや価値観を他の障害者にまで押し付けるのはやめ てほしいと思います。
何事にも多様性を認めないこの国の悪い癖なのか、『障害個性論』が出てきてからは、全ての障害者がそれを受け入れなければならないかのごとき圧力を感じるのは、決して僕一人ではないはずです。
許せないのは、福祉施設の職員やボランティア、評論家もどきなど健常者が『障害個性論』をぶち上げていることです。しかし、そのわりには、障害個性論を信 奉する健常者が、自ら障害という『個性』を選択し、見える両目をどぶに棄てて心の目に取り替えたという話は、未だかつて聞いたことがありません。それどこ ろか、日ごろから障害者を相手にえらそうに生き方を説いていた福祉施設の職員が、いざ自分や家族が障害者になったら、とたんにあたふたしてしまったという 話はよく耳にします。結局のところ、この種の健常者は、自分は安全な場所にいて、さほど考えもせずに障害個性論をお題目のように唱えているだけなのです。
」(248~251ページ)